三十八歳の三月

 三十八歳の三月、

フィガロにて。会計で名刺を出す。
「少しばかり貰ふ金があると思ふんですが……」
会計係は、どえらい帳面をひろげる。
「はあ、さやうです。一行五十セントの割ですから、合計三十五フラン五十セントになります」
私は社長に手紙を書いて、こんな稿料では餓ゑ死をしてしまふ。餓ゑ死をするくらゐなら、仕事をしない方がましだといつてやる。

 こんな愚痴もあるかと思ふと、

――マアテルランク、読者の退屈を意に介せず、なんでもないことをいつまでも続ける大作品。
――ロスタン、選ばれたる人々と自任する俗衆の詩人。

などといふ痛烈な批評も交つてゐる。
 晩年に近づくに従つて、この日記は、文字通り赤裸々となり、言葉の遊びから遠ざかり、厳粛な魂の声を聞くやうになる。
 四十六歳、三月――

――モレアスの死。この次は私の番か? 祖国に背き、若干の美しい詩を書き、そして私を馬鹿扱ひにした詩人だ。

 同、四月六日――

――昨夜、起きようとした。からだが重い。片方の脚が外に垂れてゐる。それで、その脚の上から下へ、一筋流れてゐるものがある。踵まで行つたら決心をせねばならぬ。が、それはやがて毛布の中で乾いてしまふだらう。嘗て「にんじん」であつた時のやうに。

 ジュウル・ルナアルの日記は、ここで終つてゐる。(一九三五・一)
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